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  <title>コラム 店舗設計・店舗デザイン　株式会社アスデザイン計画</title>
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  <modified>2006-07-06T10:45:42Z</modified>
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  <copyright>Copyright (c) 2006, KAI</copyright>
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    <title>京都</title>
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    <modified>2006-07-06T10:45:42Z</modified>
    <issued>2006-07-06T19:45:42+09:00</issued>
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    <created>2006-07-06T10:45:42Z</created>
    <summary type="text/plain">　その昔、アスデザインでレポートのコーナーというのをやっていた頃「京都 をトランジットモールにするべきだ」と書いた事がある。 　トランジットモールとはヨーロッパなどで生まれた考え方だが、街全体を一 つのモールと考え、公共の乗り物のみが通る事のできる街の事をいういわば環 境保全・街の活性化を目指した考え方だ。 　実際に実現している街もいくつかある。 　今回はあえてトランジットモールの事を深くは書かないが、最近、ますます その思いに駆られて仕方がない。 　というのも仕事で「京都の伝統」にふれる機会が増え、そのよい部分、悪い 部分が少しだけ見え、京都全体を包括的かつグローバルな視点で、扱っていか なければ、せっかくの千年の都も見る影のない街に変わっていっている様な気 がするのだ。 　長い間、京都が都で居続けたという事は、歴史的な人物が集まった場所でも ある。私は建築物をついつい見てしまうクセがあるので、京都の色んな寺社仏 閣から、祇園の家々や普通の家まで、見ていると千年のどの時期に作られたか で、大きな違いを見てとる事が出来る。 　しかも、歴史的な人物がいた街だけあって、他府県の建造物と比べた時も洗 練されたモノが多い。 　京都に住む人達に言える悪い部分は、自分たちが京都という世界的に誇れる 街に住んでいるというプライドを持っていない人が多いという事だ。 　京都を紹介するテレビ番組がやってるのを見ていると、大概、創業○年とい うとにかく歴史の長さを出すだけで、その中身については触れていないものが 多いのも、悲しい事実だ。 　歴史の長さが京都を作っているのではない。京都の歴史をしっかり感じ取っ て、その歴史の重みに自負とプライドを持って、京都という街に接する事が重 要に思う。 創業18年のアスデザインの京都に対する思いは、歴史のあるどの企業にも負け ない。・・・と思う。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>その他</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　その昔、アスデザインでレポートのコーナーというのをやっていた頃「京都<br />
をトランジットモールにするべきだ」と書いた事がある。<br />
　トランジットモールとはヨーロッパなどで生まれた考え方だが、街全体を一<br />
つのモールと考え、公共の乗り物のみが通る事のできる街の事をいういわば環<br />
境保全・街の活性化を目指した考え方だ。<br />
　実際に実現している街もいくつかある。</p>

<p>　今回はあえてトランジットモールの事を深くは書かないが、最近、ますます<br />
その思いに駆られて仕方がない。</p>

<p>　というのも仕事で「京都の伝統」にふれる機会が増え、そのよい部分、悪い<br />
部分が少しだけ見え、京都全体を包括的かつグローバルな視点で、扱っていか<br />
なければ、せっかくの千年の都も見る影のない街に変わっていっている様な気<br />
がするのだ。</p>

<p>　長い間、京都が都で居続けたという事は、歴史的な人物が集まった場所でも<br />
ある。私は建築物をついつい見てしまうクセがあるので、京都の色んな寺社仏<br />
閣から、祇園の家々や普通の家まで、見ていると千年のどの時期に作られたか<br />
で、大きな違いを見てとる事が出来る。<br />
　しかも、歴史的な人物がいた街だけあって、他府県の建造物と比べた時も洗<br />
練されたモノが多い。</p>

<p>　京都に住む人達に言える悪い部分は、自分たちが京都という世界的に誇れる<br />
街に住んでいるというプライドを持っていない人が多いという事だ。</p>

<p>　京都を紹介するテレビ番組がやってるのを見ていると、大概、創業○年とい<br />
うとにかく歴史の長さを出すだけで、その中身については触れていないものが<br />
多いのも、悲しい事実だ。</p>

<p>　歴史の長さが京都を作っているのではない。京都の歴史をしっかり感じ取っ<br />
て、その歴史の重みに自負とプライドを持って、京都という街に接する事が重<br />
要に思う。</p>

<p>創業18年のアスデザインの京都に対する思いは、歴史のあるどの企業にも負け<br />
ない。・・・と思う。</p>]]>
      
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    <title>デザインされているもの</title>
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    <modified>2006-06-01T08:15:37Z</modified>
    <issued>2006-06-01T17:15:37+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2006:/work/shop/column//5.136</id>
    <created>2006-06-01T08:15:37Z</created>
    <summary type="text/plain">時々耳にする言葉に「これはデザインされてない」という言葉がある。 一般的に、人間の作った見た目によくない物に対して使われる言葉だ。 しかし、私の観点からすれば「デザインされていないものはない」と思う。 少なくとも、誰かが「こうしよう！」と思ったものであれば、形あるもの全て、 いや、形のないものまで、デザインされていると言っていいだろう。 ある人が心の中で思った哲学であったり、思考パターンも、その人が作り上げ た(デザインした)ものであり、とにかく間に合わせで作ったものに対しても、 その人の個性や、やり方が伺える。 要するにデザインされてないものはないのである。 では「デザイン」とはなにか？ それは「情報」の扱い方だと言える。一つの物体が発する情報(「使いやすい」 とか、「美しい」も含む)を上手に扱っている物が「デザイン」がよいもので、 下手くそなのが、「デザイン」が悪いものなのだ。 「見た目がいい」だけがデザインがよいというわけではない。情報を上手に 整理する事、これが「デザイン」がよいものと言えるだろう。 時々「クリエイティブな仕事でよく発想が出てくるね。」と言われるが、「そ れを言うあなたも、毎日デザインしているのですよ。」と答えたくなる。 少なくとも、紙が散らばっている私の机の上は、恐ろしいデザインになって いる。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>時々耳にする言葉に「これはデザインされてない」という言葉がある。<br />
一般的に、人間の作った見た目によくない物に対して使われる言葉だ。</p>

<p>しかし、私の観点からすれば「デザインされていないものはない」と思う。<br />
少なくとも、誰かが「こうしよう！」と思ったものであれば、形あるもの全て、<br />
いや、形のないものまで、デザインされていると言っていいだろう。</p>

<p>ある人が心の中で思った哲学であったり、思考パターンも、その人が作り上げ<br />
た(デザインした)ものであり、とにかく間に合わせで作ったものに対しても、<br />
その人の個性や、やり方が伺える。</p>

<p>要するにデザインされてないものはないのである。</p>

<p>では「デザイン」とはなにか？</p>

<p>それは「情報」の扱い方だと言える。一つの物体が発する情報(「使いやすい」<br />
とか、「美しい」も含む)を上手に扱っている物が「デザイン」がよいもので、<br />
下手くそなのが、「デザイン」が悪いものなのだ。</p>

<p>「見た目がいい」だけがデザインがよいというわけではない。情報を上手に<br />
整理する事、これが「デザイン」がよいものと言えるだろう。</p>

<p>時々「クリエイティブな仕事でよく発想が出てくるね。」と言われるが、「そ<br />
れを言うあなたも、毎日デザインしているのですよ。」と答えたくなる。</p>

<p>少なくとも、紙が散らばっている私の机の上は、恐ろしいデザインになって<br />
いる。</p>]]>
      
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    <title>温度差</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000129.html" />
    <modified>2006-03-24T07:52:58Z</modified>
    <issued>2006-03-24T16:52:58+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2006:/work/shop/column//5.129</id>
    <created>2006-03-24T07:52:58Z</created>
    <summary type="text/plain">最近、車で大阪へ行く事があり、いつもなら高速道路を使うところをあえて国 道で行ってみた。 最近通ってなかった辺りに新しい店舗とかできているかどうか興味があったの と、平たく経費節減という二つの理由からだ。 結果から言えば、景色自体あまり変わっていなかったのだが、一つ改めて気づ いた事があった。 それは実際に店舗運営する人と、店舗をデザインした人の温度差である。 一番気になったのは、店舗がキレイにすっきりデザインされているにも関わら ず、そこを運営している人があまり整理されていない売り方をしているお店だっ た。 もちろん、私は「お店を作る」のはプロだが「売り方」に関しては、素人であ る。それこそ運営する側のポリシーがあるのかもしれないが、逆に言えば、私 は客の立場であるといえる。 その観点からすると、やはりお店がキレイでも、いい売り方ができていない店 にはあまり魅力を感じない。 やはりお店は、商材が一番で、内装・外装の雰囲気はその後に続くものである と見せつけられる出来事だった。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>お店の話</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>最近、車で大阪へ行く事があり、いつもなら高速道路を使うところをあえて国<br />
道で行ってみた。<br />
最近通ってなかった辺りに新しい店舗とかできているかどうか興味があったの<br />
と、平たく経費節減という二つの理由からだ。</p>

<p>結果から言えば、景色自体あまり変わっていなかったのだが、一つ改めて気づ<br />
いた事があった。</p>

<p>それは実際に店舗運営する人と、店舗をデザインした人の温度差である。</p>

<p>一番気になったのは、店舗がキレイにすっきりデザインされているにも関わら<br />
ず、そこを運営している人があまり整理されていない売り方をしているお店だっ<br />
た。</p>

<p>もちろん、私は「お店を作る」のはプロだが「売り方」に関しては、素人であ<br />
る。それこそ運営する側のポリシーがあるのかもしれないが、逆に言えば、私<br />
は客の立場であるといえる。</p>

<p>その観点からすると、やはりお店がキレイでも、いい売り方ができていない店<br />
にはあまり魅力を感じない。</p>

<p>やはりお店は、商材が一番で、内装・外装の雰囲気はその後に続くものである<br />
と見せつけられる出来事だった。</p>]]>
      
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    <title>存在理由</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000029.html" />
    <modified>2006-02-07T09:34:12Z</modified>
    <issued>2006-02-07T18:34:12+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2006:/work/shop/column//5.29</id>
    <created>2006-02-07T09:34:12Z</created>
    <summary type="text/plain">デザインを考える時、私はその物体の存在理由を考える。 自分がシンプルモダンのデザインに傾倒する理由というのが、実はこの辺にあ るように思う。 逆に言えば、存在理由の見いだせない物体はできるだけ排除してしまおうとし てしまうのだ。 しかし施工上、どうしても必要なモノ、例えばビス穴・目地など、 または存在理由のはっきりしているモノ、例えばスイッチや把手など、 必要になったモノはその物体に合うようにデザインする。 まず、実用があって、そしてデザインがある。 世の中には結構、この関係が反対になっている物体が存在する。 それはそれで、一つのアプローチ法なので、否定はしないが、デザインがよく ても使い勝手が悪いと私は2度とそれを使わなかったりする。 そんなこんなと偉そうな事を書いているが、 とりあえず、自分に存在理由はあるのかなぁ・・・と時々考える。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>デザインを考える時、私はその物体の存在理由を考える。</p>

<p>自分がシンプルモダンのデザインに傾倒する理由というのが、実はこの辺にあ<br />
るように思う。<br />
逆に言えば、存在理由の見いだせない物体はできるだけ排除してしまおうとし<br />
てしまうのだ。</p>

<p>しかし施工上、どうしても必要なモノ、例えばビス穴・目地など、<br />
または存在理由のはっきりしているモノ、例えばスイッチや把手など、<br />
必要になったモノはその物体に合うようにデザインする。</p>

<p>まず、実用があって、そしてデザインがある。<br />
世の中には結構、この関係が反対になっている物体が存在する。<br />
それはそれで、一つのアプローチ法なので、否定はしないが、デザインがよく<br />
ても使い勝手が悪いと私は2度とそれを使わなかったりする。</p>

<p>そんなこんなと偉そうな事を書いているが、<br />
とりあえず、自分に存在理由はあるのかなぁ・・・と時々考える。</p>]]>
      
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    <title>照明デザイン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000037.html" />
    <modified>2005-12-24T02:48:20Z</modified>
    <issued>2005-12-24T11:48:20+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.37</id>
    <created>2005-12-24T02:48:20Z</created>
    <summary type="text/plain">店舗設計・内装設計のデザインで重要な一角を担うのが、照明計画だ。 あまり知られていないが、照明デザイナーという職業があり、カリスマ照明デ ザイナーという人たちが存在している。 なにせ、明るさ・色・放射形状・使用制限・値段・ランニングコストにメンテ ナンスまで考えて照明器具を配置しなくてはならない。 専門知識を要求される上、実際に取り付けてみないと素人では分からない部分 が多いので、そういう仕事が存在するのだろう。 アスデザインが取引している業者さんの中には、そういう仕事をしている人が 何人かいらっしゃるが、大体90％くらい、照明計画は自分でやっている。 デザイン料を払うのが惜しいわけではないが、他の図面を描いている流れの中、 ふと気づくともう半分以上、照明計画をやっていて「あ、また頼むの忘れてた」 という状態になるのだ。 今、抱えている物件も照明のプロに頼めばどんな物を提案してくるだろうか？ と思うのだが、その反面、照明デザインにはまっている自分もいたりして、次 は頼んでみようと毎回思う今日この頃である。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>店舗設計・内装設計のデザインで重要な一角を担うのが、照明計画だ。<br />
あまり知られていないが、照明デザイナーという職業があり、カリスマ照明デ<br />
ザイナーという人たちが存在している。</p>

<p>なにせ、明るさ・色・放射形状・使用制限・値段・ランニングコストにメンテ<br />
ナンスまで考えて照明器具を配置しなくてはならない。<br />
専門知識を要求される上、実際に取り付けてみないと素人では分からない部分<br />
が多いので、そういう仕事が存在するのだろう。</p>

<p>アスデザインが取引している業者さんの中には、そういう仕事をしている人が<br />
何人かいらっしゃるが、大体90％くらい、照明計画は自分でやっている。</p>

<p>デザイン料を払うのが惜しいわけではないが、他の図面を描いている流れの中、<br />
ふと気づくともう半分以上、照明計画をやっていて「あ、また頼むの忘れてた」<br />
という状態になるのだ。</p>

<p>今、抱えている物件も照明のプロに頼めばどんな物を提案してくるだろうか？<br />
と思うのだが、その反面、照明デザインにはまっている自分もいたりして、次<br />
は頼んでみようと毎回思う今日この頃である。</p>]]>
      
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    <title>LED-2-</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000038.html" />
    <modified>2005-12-21T04:12:42Z</modified>
    <issued>2005-12-21T13:12:42+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.38</id>
    <created>2005-12-21T04:12:42Z</created>
    <summary type="text/plain">1年半も前に書いた「LED」話の第2話という感じで題名を付けた。 「LED」に関しては今回は特に説明はしない。 詳しくは、「素材・建材」の「LED」をもう一度読んでもらいたい。 さて、前回から1年半、LED業界はあのころから格段に浸透しつつある。 具体的に言えば、今まさにシーズン真っ盛りのクリスマス・イルミネーション なんかは、もうほとんどLEDだ。 ちょっと前までの値段が高いというイメージも、今はかなり既存品の値段に近 くなっていき、まさに色んな照明器具がLEDに取って変わっていっている。 つい先日の事、ある業者さんにスポットライトをLEDにした器具を見せてもら い、感動したのを覚えている。 お店などでよく使っているダイクロハロゲンという照明の球をご存知だろうか？ 例で言えばこんな球だ。 これがが丸々LEDになったという感じの球で、イニシャルコストはそこそこす るものの、球替えの期間・電気代など、格段に安くなるという代物(ダイクロ ハロゲンは60W、LEDは2W)を見せてもらった。 私自身も今年の夏にLEDが七色に光るというテーブルをデザインしたり・・・ と照明業界に革命期が来ていると実感している。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>素材・建材</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>1年半も前に書いた「LED」話の第2話という感じで題名を付けた。</p>

<p>「LED」に関しては今回は特に説明はしない。<br />
詳しくは、「素材・建材」の「LED」をもう一度読んでもらいたい。</p>

<p>さて、前回から1年半、LED業界はあのころから格段に浸透しつつある。<br />
具体的に言えば、今まさにシーズン真っ盛りのクリスマス・イルミネーション<br />
なんかは、もうほとんどLEDだ。</p>

<p>ちょっと前までの値段が高いというイメージも、今はかなり既存品の値段に近<br />
くなっていき、まさに色んな照明器具がLEDに取って変わっていっている。</p>

<p>つい先日の事、ある業者さんにスポットライトをLEDにした器具を見せてもら<br />
い、感動したのを覚えている。</p>

<p>お店などでよく使っているダイクロハロゲンという照明の球をご存知だろうか？<br />
例で言えばこんな球だ。<br><br />
<img alt="s8587wq.jpg" src="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/s8587wq.jpg" width="240" height="300" border="0" /><br clear=all><br />
これがが丸々LEDになったという感じの球で、イニシャルコストはそこそこす<br />
るものの、球替えの期間・電気代など、格段に安くなるという代物(ダイクロ<br />
ハロゲンは60W、LEDは2W)を見せてもらった。</p>

<p>私自身も今年の夏にLEDが七色に光るというテーブルをデザインしたり・・・<br />
と照明業界に革命期が来ていると実感している。</p>]]>
      
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    <title>木材塗装</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000039.html" />
    <modified>2005-11-22T04:16:50Z</modified>
    <issued>2005-11-22T13:16:50+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.39</id>
    <created>2005-11-22T04:16:50Z</created>
    <summary type="text/plain">先日、ある家具職人さんと、一緒に仕事をしたのですが、その時の会話で「木 材の塗装はムラがあってもいい」と言う言葉を耳にした。 普通の塗装の考えからすると、ムラができないように塗装するのがいいように 思うのだが、そこには職人らしいこだわりがあるのだ。 というのも、木は自然素材なので、木目や年輪などもともとムラっ気のある素 材であるため、その素材感を活かしつつ、自然な風合いで塗装を施すのが、最 も木をきれいに見せる方法であるという事なのだ。 なるほど、基本的に図面描きである私には、色とツヤくらいの指定ぐらいしか 図面に表記していないので、およそ気づかない要素である。 しかも木材塗装は難しいので、基本的には塗装屋さん任せのところがあった。 今までの私なら、塗装屋さんに「ムラなくきれいに塗って下さい。」と言うだ ろうがこれからは「ムラが出てもいい感じで塗って下さい。」というだろう。 それくらい、その家具職人さんの家具はいい感じだった。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>素材・建材</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>先日、ある家具職人さんと、一緒に仕事をしたのですが、その時の会話で「木<br />
材の塗装はムラがあってもいい」と言う言葉を耳にした。<br />
普通の塗装の考えからすると、ムラができないように塗装するのがいいように<br />
思うのだが、そこには職人らしいこだわりがあるのだ。</p>

<p>というのも、木は自然素材なので、木目や年輪などもともとムラっ気のある素<br />
材であるため、その素材感を活かしつつ、自然な風合いで塗装を施すのが、最<br />
も木をきれいに見せる方法であるという事なのだ。</p>

<p>なるほど、基本的に図面描きである私には、色とツヤくらいの指定ぐらいしか<br />
図面に表記していないので、およそ気づかない要素である。<br />
しかも木材塗装は難しいので、基本的には塗装屋さん任せのところがあった。</p>

<p>今までの私なら、塗装屋さんに「ムラなくきれいに塗って下さい。」と言うだ<br />
ろうがこれからは「ムラが出てもいい感じで塗って下さい。」というだろう。</p>

<p>それくらい、その家具職人さんの家具はいい感じだった。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>素材選び</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000040.html" />
    <modified>2005-08-23T04:40:34Z</modified>
    <issued>2005-08-23T13:40:34+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.40</id>
    <created>2005-08-23T04:40:34Z</created>
    <summary type="text/plain">お店を造るにしろ、家を建てるにしろ、その内装から家具に至るまで、どの素 材を選定するかは非常に重要な事だろう。何しろ、素材の性能は千差万別、石 や木といった天然素材から、プラスチックやコンクリートなどの人工素材まで、 用途や性質によって選定しなければならない。 もちろんコストも重要な選定基準になるだろう。 しかし、どちらかといえば、このコストが選定の基準になりがちだが、実はそ こには大きな落とし穴がある。 まず、下を見てもらいたい。 天然素材・・・コストは高いが、使い続けて味が出るモノが多い。 人工素材・・・コストは安いが、できたてが一番よいというモノが多い。 これを見ればよく分かると思うが、長く使用しようというモノに関して言えば、 できたてが一番きれいな素材より、使い続けるほど味が出る素材の方が、結果 として、コストを抑えられる事がある。 無論、用途や仕様箇所によっても違うが、私自身、よくこのジレンマに陥る。 初期コストを抑える事も大事だが、使い続けた結果をイメージしながら素材を 選定することが、最も良い選定基準になるのではないだろうか。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>素材・建材</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>お店を造るにしろ、家を建てるにしろ、その内装から家具に至るまで、どの素<br />
材を選定するかは非常に重要な事だろう。何しろ、素材の性能は千差万別、石<br />
や木といった天然素材から、プラスチックやコンクリートなどの人工素材まで、<br />
用途や性質によって選定しなければならない。</p>

<p>もちろんコストも重要な選定基準になるだろう。</p>

<p>しかし、どちらかといえば、このコストが選定の基準になりがちだが、実はそ<br />
こには大きな落とし穴がある。</p>

<p>まず、下を見てもらいたい。</p>

<p>天然素材・・・コストは高いが、使い続けて味が出るモノが多い。<br />
人工素材・・・コストは安いが、できたてが一番よいというモノが多い。</p>

<p>これを見ればよく分かると思うが、長く使用しようというモノに関して言えば、<br />
できたてが一番きれいな素材より、使い続けるほど味が出る素材の方が、結果<br />
として、コストを抑えられる事がある。</p>

<p>無論、用途や仕様箇所によっても違うが、私自身、よくこのジレンマに陥る。<br />
初期コストを抑える事も大事だが、使い続けた結果をイメージしながら素材を<br />
選定することが、最も良い選定基準になるのではないだろうか。</p>]]>
      
    </content>
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  <entry>
    <title>シンプル</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000036.html" />
    <modified>2005-07-20T02:46:22Z</modified>
    <issued>2005-07-20T11:46:22+09:00</issued>
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    <created>2005-07-20T02:46:22Z</created>
    <summary type="text/plain">シンプルという言葉は、過去の先人、空間デザイナーの間でも色々取り沙汰さ れている。とりあえず私の考えは置いといて、その先人のある三つの言葉を紐 解いてみよう。 「レス・イズ・モア」・・・より少ないことは、より豊かなことである。　 　　　　　　　　　　　　　1920年代 / by ミース・ファン・デル・ローエ 「レス・イズ・ボア」・・・より少ないことは、退屈なことだ。 　　　　　　　　　　　　　1960年代 / by ロバート・ヴェンチューリ 「モア・イズ・モア」・・・より多いことは、より豊かなことである。 　　　　　　　　　　　　　1990年代 / by レム・コールハース 年代ごとに、かなり思想が変化しているが、この3つの言葉は、どれもいまだに 生きていると言える。要は「みんな意見が違う」ということで、必ずしもこの 時代はみんなこうだったということではない。 ただし、年代ごとにこういう偏りがあったのも事実だろう。 そこで私もこの形式に則って言ってみた。 「レス・イズ・ディフィカルト」・・・より少ないことは、より難しい。 なんとか「レス・イズ・○ア」形式にしたかったのだが、英語力のなさが、と てもうらめしい。 とにかくシンプルについての哲学よりも、シンプル(シンプルに見える)とは、 いかに難しいかと、切実に感じる。 例えば、ボタンも何もない、ただ四角い携帯電話というのは存在しない。最低 でも番号のついたボタンが必要だ。 とかく最近の携帯はいろんな事ができなければならない傾向にある。 その中で、それを使う人がいかに容易に使うことができるか(シンプル化)が大 きな問題になっている。 つまり機能が増えるたびに、ボタンが増えるようでは、ややこしくてしょうが ないので、機能は増えても誰でも簡単に扱える方法というのを模索しなければ、 ならない。 現状、今の携帯電話の機能を誰でも簡単に使えるかと言えば、そうでもない。 それでも大勢の人が知恵を絞って、より簡単にしようとしている。 つまりシンプルというのが、どんなに難しいかということだ。 そう思うと今の時代、新たな上記3つに続く哲学が出てくるのかもしれない。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>シンプルという言葉は、過去の先人、空間デザイナーの間でも色々取り沙汰さ<br />
れている。とりあえず私の考えは置いといて、その先人のある三つの言葉を紐<br />
解いてみよう。</p>

<p>「レス・イズ・モア」・・・より少ないことは、より豊かなことである。　<br />
　　　　　　　　　　　　　1920年代 / by ミース・ファン・デル・ローエ</p>

<p>「レス・イズ・ボア」・・・より少ないことは、退屈なことだ。<br />
　　　　　　　　　　　　　1960年代 / by ロバート・ヴェンチューリ</p>

<p>「モア・イズ・モア」・・・より多いことは、より豊かなことである。<br />
　　　　　　　　　　　　　1990年代 / by レム・コールハース</p>

<p>年代ごとに、かなり思想が変化しているが、この3つの言葉は、どれもいまだに<br />
生きていると言える。要は「みんな意見が違う」ということで、必ずしもこの<br />
時代はみんなこうだったということではない。</p>

<p>ただし、年代ごとにこういう偏りがあったのも事実だろう。</p>

<p>そこで私もこの形式に則って言ってみた。</p>

<p>「レス・イズ・ディフィカルト」・・・より少ないことは、より難しい。</p>

<p>なんとか「レス・イズ・○ア」形式にしたかったのだが、英語力のなさが、と<br />
てもうらめしい。</p>

<p>とにかくシンプルについての哲学よりも、シンプル(シンプルに見える)とは、<br />
いかに難しいかと、切実に感じる。</p>

<p>例えば、ボタンも何もない、ただ四角い携帯電話というのは存在しない。最低<br />
でも番号のついたボタンが必要だ。<br />
とかく最近の携帯はいろんな事ができなければならない傾向にある。<br />
その中で、それを使う人がいかに容易に使うことができるか(シンプル化)が大<br />
きな問題になっている。</p>

<p>つまり機能が増えるたびに、ボタンが増えるようでは、ややこしくてしょうが<br />
ないので、機能は増えても誰でも簡単に扱える方法というのを模索しなければ、<br />
ならない。</p>

<p>現状、今の携帯電話の機能を誰でも簡単に使えるかと言えば、そうでもない。<br />
それでも大勢の人が知恵を絞って、より簡単にしようとしている。</p>

<p>つまりシンプルというのが、どんなに難しいかということだ。</p>

<p>そう思うと今の時代、新たな上記3つに続く哲学が出てくるのかもしれない。</p>

<p>「レス・アンド・モア」・・・よりシンプルで、より多機能に・・・。<br />
　　　　　　　　　　　　　　2005年 / by KAI</p>

<p>この言葉が将来のデザイン史に記録されるかどうかは定かではない・・・。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>青</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000041.html" />
    <modified>2005-06-22T04:41:33Z</modified>
    <issued>2005-06-22T13:41:33+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.41</id>
    <created>2005-06-22T04:41:33Z</created>
    <summary type="text/plain">先日のこと、英国の引ったくりなど、犯罪の多い街路の街灯をナトリウム灯(オ レンジ)から水銀灯(青)に変えたら、犯罪が激減したという話が、とあるテレビ 番組でやっていた。 なんでも「青」は犯罪を減反させる効果のある色らしい・・・。 マコトかどうかよく分からないが、色彩学の先生が言っていた。(テレビで) そう思うと日本は他の諸外国に比べ、夜景は青い。 蛍光灯・水銀灯が日本の街灯の特徴であるからだが、そう考えると日本が比較 的治安がいいのは、実は街灯が青いからなのかもしれない。 しかし、デザイナーというのは青い照明よりも、赤い(電球色)照明を好む傾向 にあり、日本のあらゆるものが、デザインされていっている今の状況を見れば、 実は犯罪を増やすように促しているのかもしれない。 自称デザイナーである私もどちらかといえば、電球色の照明が落ち着く雰囲気 なので、好んで使用したりするのだが(もちろん状況によって使い分けるが)、 そのテレビを見て少しショックを受けた。 照明の色が及ぼす心理的効果は計り知れない。 まだまだ「奥が深いなぁ」と思う出来事だった。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>素材・建材</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>先日のこと、英国の引ったくりなど、犯罪の多い街路の街灯をナトリウム灯(オ<br />
レンジ)から水銀灯(青)に変えたら、犯罪が激減したという話が、とあるテレビ<br />
番組でやっていた。</p>

<p>なんでも「青」は犯罪を減反させる効果のある色らしい・・・。<br />
マコトかどうかよく分からないが、色彩学の先生が言っていた。(テレビで)</p>

<p>そう思うと日本は他の諸外国に比べ、夜景は青い。<br />
蛍光灯・水銀灯が日本の街灯の特徴であるからだが、そう考えると日本が比較<br />
的治安がいいのは、実は街灯が青いからなのかもしれない。</p>

<p>しかし、デザイナーというのは青い照明よりも、赤い(電球色)照明を好む傾向<br />
にあり、日本のあらゆるものが、デザインされていっている今の状況を見れば、<br />
実は犯罪を増やすように促しているのかもしれない。</p>

<p>自称デザイナーである私もどちらかといえば、電球色の照明が落ち着く雰囲気<br />
なので、好んで使用したりするのだが(もちろん状況によって使い分けるが)、<br />
そのテレビを見て少しショックを受けた。</p>

<p>照明の色が及ぼす心理的効果は計り知れない。<br />
まだまだ「奥が深いなぁ」と思う出来事だった。</p>]]>
      
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    <title>コンバージョン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000047.html" />
    <modified>2005-05-28T04:49:09Z</modified>
    <issued>2005-05-28T13:49:09+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.47</id>
    <created>2005-05-28T04:49:09Z</created>
    <summary type="text/plain">さる情報誌に「コンバージョン」という言葉が最近使われていると聞いた。 リフォーム用語らしい。そのうち「アスデザイン辞典」にも載るだろう。 どういう意味かというと「用途を変更するデザインリフォーム！」とビックリ マークもつけてみたが、ニュアンスが伝わっただろうか？ まあ「めっちゃ変わってる感」がでれば、ひとまずオッケー。 とにかく 「倉庫」→「オフィス」 「工場」→「ギャラリー」 「オフィスビル」→「店舗」 など、大胆なまでに用向きを変えてしまうリフォームの事を言うらしい。 最近あちこちで聞くようになった「リノベーション」に続く新しいリフォーム 用語として、その地位を少しづつ上げつつあるらしい。 「リノベーション」で革新リフォームの物件がそこそこ飽和状態に近づきつつ ある中、今度は今まで「リノベーション」ぐらいでは変わり切れない物件を 「もう用向きもなんもかんも変えてしまえ！」という投げやり精神よろしく、 ばばーんと変えてしまった時に生まれた言葉なのだろうかと一人考えた。 そう考えるとこの言葉はやはり今を反映している言葉なんだなぁと感慨深く思 う。昔から用向きを変えたリフォーム自体、なかったわけではないが、最近取 り沙汰されているところを見ると、リフォーム・ブームが過渡期を迎えている のだろう。 とりあえず「コンバージョン」という言葉、これから浸透するのだろうか？...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>建築・内装</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>さる情報誌に「コンバージョン」という言葉が最近使われていると聞いた。<br />
リフォーム用語らしい。そのうち「アスデザイン辞典」にも載るだろう。</p>

<p>どういう意味かというと「用途を変更するデザインリフォーム！」とビックリ<br />
マークもつけてみたが、ニュアンスが伝わっただろうか？<br />
まあ「めっちゃ変わってる感」がでれば、ひとまずオッケー。</p>

<p>とにかく<br />
「倉庫」→「オフィス」<br />
「工場」→「ギャラリー」<br />
「オフィスビル」→「店舗」</p>

<p>など、大胆なまでに用向きを変えてしまうリフォームの事を言うらしい。<br />
最近あちこちで聞くようになった「リノベーション」に続く新しいリフォーム<br />
用語として、その地位を少しづつ上げつつあるらしい。</p>

<p>「リノベーション」で革新リフォームの物件がそこそこ飽和状態に近づきつつ<br />
ある中、今度は今まで「リノベーション」ぐらいでは変わり切れない物件を<br />
「もう用向きもなんもかんも変えてしまえ！」という投げやり精神よろしく、<br />
ばばーんと変えてしまった時に生まれた言葉なのだろうかと一人考えた。</p>

<p>そう考えるとこの言葉はやはり今を反映している言葉なんだなぁと感慨深く思<br />
う。昔から用向きを変えたリフォーム自体、なかったわけではないが、最近取<br />
り沙汰されているところを見ると、リフォーム・ブームが過渡期を迎えている<br />
のだろう。</p>

<p>とりあえず「コンバージョン」という言葉、これから浸透するのだろうか？</p>]]>
      
    </content>
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  <entry>
    <title>普遍的デザイン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000034.html" />
    <modified>2005-04-19T02:12:29Z</modified>
    <issued>2005-04-19T11:12:29+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.34</id>
    <created>2005-04-19T02:12:29Z</created>
    <summary type="text/plain">今回は家具のデザインの中でも、最も広く深い分野「椅子」について語ってみ る。ついに「スパアス」もこの分野に少し、足を踏み入れる時が来たようだ。 椅子のデザインで最も普遍的かつグッドデザイン、言わば「スタンダード・オ ブ・スタンダード」と言えば、アルネ・ヤコブセンの「セブンチェア」だろう。 言うなればこんなヤツだ。 おそらく、どこかで見た事があり、どこかで座ったこともあるだろうこの椅子 だが、あまりにスタンダードであるため、類似品がものすごく多い。 しかし気をつけなければならないのは、この椅子は決して見た目の良さだけが 売りになっている椅子ではないと言うことだ。成型合板の言わば「木」で作ら れていながら、背もたれが穏やかに沈むこの椅子の感覚は、やはり類似品では 感じられない独特の座り心地がある。 類似品では、見た目はそれっぽく見せてはいるが、やはり座った時に固さがあ り「違うなぁ」と感じる。 かの家具デザイナー、レイ・イームズの言葉に「椅子は見た目よりもまず座り やすいことが大事」という言葉通り、この椅子の一番のウリは「座り心地」で 「デザイン」はそれに付随するものである。 ただこの椅子の類似品が多いのは、この椅子がやはり普遍的でグッドデザイン であるからにほかならない。 普遍的かつグッドデザインの凄さを思い知る究極の椅子の一つだ。 機会があれば、一度じっくり確かめるように座ってみて欲しいと思う。 ただ当のアルネ・ヤコブセン自身は、ちまたに広まっている4本脚の椅子より も、安定の悪い3本脚を好んだというエピソードは余談なのだが・・・。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>今回は家具のデザインの中でも、最も広く深い分野「椅子」について語ってみ<br />
る。ついに「スパアス」もこの分野に少し、足を踏み入れる時が来たようだ。</p>

<p>椅子のデザインで最も普遍的かつグッドデザイン、言わば「スタンダード・オ<br />
ブ・スタンダード」と言えば、アルネ・ヤコブセンの「セブンチェア」だろう。<br />
言うなればこんなヤツだ。<br />
<img alt="isu.gif" src="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/isu.gif" width="185" height="250" border="0" /></p>

<p>おそらく、どこかで見た事があり、どこかで座ったこともあるだろうこの椅子<br />
だが、あまりにスタンダードであるため、類似品がものすごく多い。</p>

<p>しかし気をつけなければならないのは、この椅子は決して見た目の良さだけが<br />
売りになっている椅子ではないと言うことだ。成型合板の言わば「木」で作ら<br />
れていながら、背もたれが穏やかに沈むこの椅子の感覚は、やはり類似品では<br />
感じられない独特の座り心地がある。</p>

<p>類似品では、見た目はそれっぽく見せてはいるが、やはり座った時に固さがあ<br />
り「違うなぁ」と感じる。</p>

<p>かの家具デザイナー、レイ・イームズの言葉に「椅子は見た目よりもまず座り<br />
やすいことが大事」という言葉通り、この椅子の一番のウリは「座り心地」で<br />
「デザイン」はそれに付随するものである。</p>

<p>ただこの椅子の類似品が多いのは、この椅子がやはり普遍的でグッドデザイン<br />
であるからにほかならない。</p>

<p>普遍的かつグッドデザインの凄さを思い知る究極の椅子の一つだ。<br />
機会があれば、一度じっくり確かめるように座ってみて欲しいと思う。</p>

<p>ただ当のアルネ・ヤコブセン自身は、ちまたに広まっている4本脚の椅子より<br />
も、安定の悪い3本脚を好んだというエピソードは余談なのだが・・・。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>建築家の自邸</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000046.html" />
    <modified>2005-01-25T04:48:26Z</modified>
    <issued>2005-01-25T13:48:26+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2005:/work/shop/column//5.46</id>
    <created>2005-01-25T04:48:26Z</created>
    <summary type="text/plain">今回のコラムはゴシップの色合いが少し濃い。 さる文献で「有名建築家で自邸を建てた人・建てなかった人」という特集がやっ ていた。 「建築家で自分の家を、建ててへん人がいるのか？」 という疑問を持ったのだが、名を挙げれば「ル・コルビジュエ、ミース・ファ ン・デルローエ、等々・・・」と何気に多いという感想を持った。 当然、建てた人と建てなかった人の違いは何なのか？ そんな疑問を持ったのだが、その文献によると面白い推論がなされていた。 &gt;&gt;&gt;建てた人・・・・・・内装にこだわる人。「居心地」にこだわる人。 &gt;&gt;&gt;建てなかった人・・・外装にこだわる人。「精神性」にこだわる人。 もちろん、例外はあるが、なかなか面白い推論だった。 そう考えると「療し・温かさ」が象徴的な北欧の建築家のほとんどが、自邸を 建てているし、美術館を建てるような建築家は、自邸を建てている人が少ない。 とりあえず、一度は自分の家を建ててみたい私は、確実に内装(居心地)にこだ わるタイプであることをよくよく感じている。 この「スパアス」を読んでいただいている「自邸を建てなかった」某Ｔ建築士 の先生は、絶対、この推論の和を乱す例外だなぁと思った。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>建築・内装</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>今回のコラムはゴシップの色合いが少し濃い。<br />
さる文献で「有名建築家で自邸を建てた人・建てなかった人」という特集がやっ<br />
ていた。</p>

<p>「建築家で自分の家を、建ててへん人がいるのか？」<br />
という疑問を持ったのだが、名を挙げれば「ル・コルビジュエ、ミース・ファ<br />
ン・デルローエ、等々・・・」と何気に多いという感想を持った。</p>

<p>当然、建てた人と建てなかった人の違いは何なのか？<br />
そんな疑問を持ったのだが、その文献によると面白い推論がなされていた。</p>

<p>>>>建てた人・・・・・・内装にこだわる人。「居心地」にこだわる人。<br />
>>>建てなかった人・・・外装にこだわる人。「精神性」にこだわる人。</p>

<p>もちろん、例外はあるが、なかなか面白い推論だった。<br />
そう考えると「療し・温かさ」が象徴的な北欧の建築家のほとんどが、自邸を<br />
建てているし、美術館を建てるような建築家は、自邸を建てている人が少ない。</p>

<p>とりあえず、一度は自分の家を建ててみたい私は、確実に内装(居心地)にこだ<br />
わるタイプであることをよくよく感じている。</p>

<p>この「スパアス」を読んでいただいている「自邸を建てなかった」某Ｔ建築士<br />
の先生は、絶対、この推論の和を乱す例外だなぁと思った。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>商品陳列</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000044.html" />
    <modified>2004-12-21T04:45:16Z</modified>
    <issued>2004-12-21T13:45:16+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2004:/work/shop/column//5.44</id>
    <created>2004-12-21T04:45:16Z</created>
    <summary type="text/plain">我がアスデザインでは、毎月、資料として「商店建築」という本を買ってい る。いわゆる業界雑誌なのだが、そこによくおつきあいさせてもらっている 雑貨屋さんのコメントが載っていた。 その方には「それらしい事書いたし読んだってやぁ。」と言われたので、少 し読んでみたのだが、その中で一つ面白いことが書いてあった。 「お店をやる人が、その商品に対してどれだけの愛情と知識を持って陳列す るかで売り上げが変わる」とのこと。 当たり前ではあるかもしれないが、これはある意味すごいことだと思う。 なぜか？それはつまりお客さんをナメてかかってはいけないという事だから だ。 今のお客さんはそれぞれの商品に、それだけの知識を持って買いに来ている という仮定でモノを売っている。 つまり売る側の人間は少なくとも、そのお客さんよりモノを知っていなけれ ばならないし、それ以上の愛着を持って売らなければならないということだ。 何も知らない人が売れるという理由だけで、とりあえず商品を陳列していて も、売り上げは見込めない。少なくとも長続きはしないだろう。 当たり前だが、お店の売り上げは、店のデザインや使い勝手のみで決まるの ではなく、売り手がいかに売るかを考えてこそ、売り上げが左右することを 改めて思い知った文だった。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>お店の話</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>我がアスデザインでは、毎月、資料として「商店建築」という本を買ってい<br />
る。いわゆる業界雑誌なのだが、そこによくおつきあいさせてもらっている<br />
雑貨屋さんのコメントが載っていた。</p>

<p>その方には「それらしい事書いたし読んだってやぁ。」と言われたので、少<br />
し読んでみたのだが、その中で一つ面白いことが書いてあった。</p>

<p>「お店をやる人が、その商品に対してどれだけの愛情と知識を持って陳列す<br />
るかで売り上げが変わる」とのこと。</p>

<p>当たり前ではあるかもしれないが、これはある意味すごいことだと思う。<br />
なぜか？それはつまりお客さんをナメてかかってはいけないという事だから<br />
だ。</p>

<p>今のお客さんはそれぞれの商品に、それだけの知識を持って買いに来ている<br />
という仮定でモノを売っている。</p>

<p>つまり売る側の人間は少なくとも、そのお客さんよりモノを知っていなけれ<br />
ばならないし、それ以上の愛着を持って売らなければならないということだ。</p>

<p>何も知らない人が売れるという理由だけで、とりあえず商品を陳列していて<br />
も、売り上げは見込めない。少なくとも長続きはしないだろう。</p>

<p>当たり前だが、お店の売り上げは、店のデザインや使い勝手のみで決まるの<br />
ではなく、売り手がいかに売るかを考えてこそ、売り上げが左右することを<br />
改めて思い知った文だった。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>シャンデリア</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.as-d.net/work/shop/column/archives/000035.html" />
    <modified>2004-12-21T02:14:17Z</modified>
    <issued>2004-12-21T11:14:17+09:00</issued>
    <id>tag:www.as-d.net,2004:/work/shop/column//5.35</id>
    <created>2004-12-21T02:14:17Z</created>
    <summary type="text/plain">店舗業界では今、にわかにシャンデリアブームである。 少なくとも有名店舗デザイナーのお歴々は、ここ数年一度はシャンデリアを組 み込んだデザインをしている。 その使われ方は、中世ヨーロッパの豪華絢爛な内装に吊られたシャンデリアの イメージではなく、90年代のシンプルモダンのスタイルにアクセントを加えた り、暗い内装のランドマーク的な意味合いでの使われ方をしている。 なので一流ホテルにありそうな、「でっかくて豪華な」というものではなく、 「こじんまりとしてシンプルな」ものが多い。 まあ、シャンデリアなんてどれも派手なのだが、今の流行りはその中でも比較 的シンプルであると言える。 今の日本の住宅事情から、少なくとも一般の自宅には、使われにくいモノなの で、このシャンデリアブームは店舗デザインだけで静かに去っていく可能性は 高いが、少なくとも今のシンプルモダンのデザインが次の方向性へと移行して いく過程の一つである様に思える。 そう思えば、次のデザインの主流がどんな方向性になるのか、なにげに透けて 見えるのでは、と思うのだが、そんなに簡単に答えが出るほど、世の中は甘く ないようだ。...</summary>
    <author>
      <name>KAI</name>
      
      <email>kai@as-d.net</email>
    </author>
    <dc:subject>デザイン</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.as-d.net/work/shop/column/">
      <![CDATA[<p>店舗業界では今、にわかにシャンデリアブームである。<br />
少なくとも有名店舗デザイナーのお歴々は、ここ数年一度はシャンデリアを組<br />
み込んだデザインをしている。</p>

<p>その使われ方は、中世ヨーロッパの豪華絢爛な内装に吊られたシャンデリアの<br />
イメージではなく、90年代のシンプルモダンのスタイルにアクセントを加えた<br />
り、暗い内装のランドマーク的な意味合いでの使われ方をしている。</p>

<p>なので一流ホテルにありそうな、「でっかくて豪華な」というものではなく、<br />
「こじんまりとしてシンプルな」ものが多い。</p>

<p>まあ、シャンデリアなんてどれも派手なのだが、今の流行りはその中でも比較<br />
的シンプルであると言える。</p>

<p>今の日本の住宅事情から、少なくとも一般の自宅には、使われにくいモノなの<br />
で、このシャンデリアブームは店舗デザインだけで静かに去っていく可能性は<br />
高いが、少なくとも今のシンプルモダンのデザインが次の方向性へと移行して<br />
いく過程の一つである様に思える。</p>

<p>そう思えば、次のデザインの主流がどんな方向性になるのか、なにげに透けて<br />
見えるのでは、と思うのだが、そんなに簡単に答えが出るほど、世の中は甘く<br />
ないようだ。</p>]]>
      
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